2006年05月31日

今は昔の神田連雀町



・神田連雀町・




それは、現在の神田淡路町・須田町界隈
(神田須和町一丁目と神田淡路町あたりかな)
の、昔の地名です。


この地に立つ、千代田区町名由来板の説明を
簡単にまとめつつ、意見を述べてみます・・・


江戸時代、連尺をつくる職人が多く住んでいたことから、
連尺町(れんじゃくちょう)の名前が付けられました。
連尺町はやがて連雀町の字があてられ、
広く用いられるようになりました。
ちなみに、連尺とは、物を背負うときに用いる荷縄の事です。

明暦三年(1657年)の大火「振袖(ふりそで)火事」の後、
連雀町は延焼防止の火除地として土地を召し上げられ、
筋違橋の南方へ移転させられました。
その際、連尺を商う二十五世帯は、
遠く武蔵野に代地を与えられ、移住しました。

その地は、現在の三鷹市上連雀・下連雀にあたります。

そして、大正十二年(1923年)の関東大震災後、
区画整理がなされて現在の地名に改称されました。

連雀町の人々が、江戸から下ったから、下連雀。
後に、上連雀ができたとも言われています。

今まで紹介した、かんだやぶそば竹むら等、
歴史ある情緒溢れる建築物が、今でも残っているのは、
戦火を免れたからなんです。


では、その辺りを散策してみましょうか・・・




c5d1b7a4.jpg


近代的なビルの間にひっそりと佇む・・・
ノスタルジーだにゃー。




709e5074.jpg


いせ源
都内唯一のあんこう鍋専門店です
保元年(1820年)創業




6e8d9b58.jpg


右から読んで・・・
山本歯科医院




a21e2288.jpg


神田まつや
明治17年創業です




0c6b9105.jpg


旧交通博物館
万世橋からの眺め



明治45年(1912年)、ここに万世橋駅が開業しました。
その跡地が、(旧)交通博物館になりました。
多くの市電の発着地として、
東京でも屈指の交通の要衝として栄えたそうです。



他にも、
明治30年頃より創業している老舗の鶏すき焼きのお店
ぼたんなどがあります。






at 23:41│Comments(0)TrackBack(0)★御茶ノ水・神田 

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字