2007年04月29日

川越の蔵造り考

小江戸川越といえば、蔵造りの町


明治26年に旧市街地で大火が起こり、焼け残った建物が伝統的な蔵造り建築であったため、川越商人達が競って立派な耐火建築の店蔵(みせぐら)を建てたのがはじまりです。

昭和初期頃まで蔵が建てられ、現在では約30軒程が国や市の文化財に指定されています。



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天明3年(1783)創業の老舗和菓子屋 亀屋


でーん!と、どっしり構えた店蔵。
黒い外壁が美しい。
このような建物が通りにいくつも健在し、その景観に観光客は魅了されます。

二階部分の窓を見てください。
火事のときは、分厚い土の観音開き戸を外側から閉め、隙間に泥を塗ることにより防火の役目を果たしているんだそうです。

この外壁、建設された当初は黒光りするほど輝いていたんだとか。



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あたたかい黒壁


店舗の右脇に、商店裏に続く通路を撮影。

触ってみると、太陽の光を吸って温かい。
でも、それだけではない、手作りの・・・人の温もりのようなものも感じます。

このような黒い壁は、どうやって作られたのでしょうか?
ちょっと調べてみました。

普通の蔵の工程は、左官職人が白い漆喰の上塗りをしておしまいらしいのですが、川越の蔵はさらに手間をかけて・・・
牡蠣灰と墨を混ぜたものを3~4年寝かしてアクを抜き、角又(つのまた)という改装を煮て裏ごししたものと混ぜ、それを塗ったんだそうです。



そして仕上げがすごい!


手のひらで直接磨き上げていくのです。
それも、3年ほど毎日毎日・・・。
黒光りする光沢を出していたのは、人間の手の脂。
明日もいい脂がでるように・・と、店の旦那さんが仕事帰りの職人に一杯飲ませたりもしたんだとか。


「早く・安く」が当たり前の今のご時世、なんとも贅沢で素敵な話じゃありませんか。
店の旦那衆と職人との関係も、きっと深いものだったのでしょうね。

・・・やがて時が流れ、黒塗りはペンキで という時代。
技を継ぐ人がいなくなり、川越に職人さんもいなくなりつつあります。


その原因は、意外にも蔵が各種の文化財に指定されたから。

文化財の修復には行政から補助金が下りるのですが、そういった工事となると公共工事扱いとなり、業者選びは入札制となってしまうのです。
職人さんたちは個人営業である場合が多く、価格を安く提示した大手業者には敵わないそうです。


考えさせられますね・・・。




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亀屋山崎茶店


亀屋から明治10年に分家した店舗で、大火後に新築されたものです。


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隣には明治時代のレンガ造りのアーチ門があり、奥にある蔵の見学ができるということで、早速入ってみました。


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川越では珍しい白壁の大蔵


この蔵は、嘉永3年(1850)建築の、なんと明治の大火を免れた貴重なもの。
157年も時代を生き抜いてきた大きな土蔵。
お店の方のお話によると、もともとは味噌蔵として、次にお茶の蔵となったそうです。

3年ほど前に屋根部分などを復元し、蔵造りの構造を活かしたカフェギャラリー「茶陶苑」として、一般に開放しています。



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蔵の二階から・・


圧巻です!
柱などは全て当時のまま。
こんなに大きな蔵が、地震にも耐え150年生き続けてきたのですね。

一階は陶磁器のギャラリーで、箱階段を上がって二階に上がれるのです。
天井部分を外したのかは分かりませんが、屋根裏部分の梁の構造がお見事。


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よく見てみると、釘を使っていません。
梁同士をはめ込んでいるんですね。



再び、蔵造りの町並みを散策。
休日は、観光客で大いに賑わっています。


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昔ながらの菓子屋さん巡りも楽しい



この町の賑わいは、
実は最近になってからのものなんです。



蔵の町として栄えたのは、城下町を流れる江戸へのルートであった新河岸川のおかげでした。
当時、江戸へは半日で材木や農産物などの物資を送ることができたので、川越は関東の物資の一大集散地となりました。
つまり、川越の蔵造りの大店は小売だけではなく問屋業も営んでいたのです。

時代は流れ、舟から電車や車の時代へ・・・。
いつしか川越は時代に取り残されてしまいました。


高度成長期からバブル期に至るまで、日本中の古いものは壊されていきましたが、川越の蔵は、地元民や学者や建築関係者等が「蔵の会」を発足して、守り抜いたのです。

それまで、古い建物はみっともない・・・と、蔵造り建築を隠すかのように大きな看板で覆ったり、大正浪漫夢通りにアーケードを付けたり、歴史ある建築物が目立たないようにしていたのですが、蔵の保存をきっかけに美しい町並み造りを行い、その結果、市民が恥ずかしいからと隠していた蔵造りの建築物によって町が活性化されてゆきました。

平成11年には旧市街地の蔵の町並みが、文化財保護法に基づき、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、人々を惹きつける観光の町として注目を浴びました。

川越の歴史を守り抜き、川越の町を蘇らせた市民のパワーに敬意を表したい。

町並みを保存し、景観を保つには数々の課題があるはず。
でも、町の人々の温かい想いをパワーに、乗り越えて欲しいと願います。



(参考:散歩の達人2002.6)





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※下に表示される広告はドリコム側が挿入しているもので、
私の記事とは全く関係ありません。


at 10:53│Comments(5)TrackBack(2)★埼玉県・川越市 

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1. 「小江戸川越」  [ みょうがの芯 ]   2007年05月01日 22:53
武蔵野の大地にはぐくむ、小江戸川越へ行ってきました。
2. 蒲焼き 小川菊(おがぎく)  [ NET21埼玉CARD(ネット21埼玉カード)ブログ ]   2007年06月09日 12:02
川越で一番歴史が古く 一番うまい うなぎのおがぎく 大正浪漫通り 歴史を肌で感じられる名店 小江戸川越と言えば うなぎのおがぎくと佐久間旅館の庭園は お忘れなく! うなぎで飲むなら 東屋でも良いねw 飲み過ぎると庭に落ちるけどねwww 

この記事へのコメント

1. Posted by 風見鶏   2007年04月29日 22:22
川越は行きたいと思いつつ、なかなか行けない街だったりします。
「亀屋」の重厚な作りがいいですね。黒壁のどっしりしていて温かい様子が伝わります。梁もすごいですね。釘を使わず梁同士をはめ込んでるなんて、職人技です。
自分の目で見ると感動でしょうね。
2. Posted by naoko   2007年04月30日 09:54
ほぉ~~
川越っておいもさんの街、なんて言うのは失礼な、
奥深い街だということを知りました。
職人の手の脂が成せる光沢、
人の温かさ、本当ですね。
それに時の重みを感じますね。
職人が生き残れない背景も考えさせられます。
いつもながら中身の濃いレポ、ありがとうございます。
今度川越を散策する時、違う楽しさがありますよ~♪
うなぎも↓外せないけどねっ。(笑)
3. Posted by ハシビロコウ   2007年05月01日 21:21
naoko さま
コメントありがとうございます。
読み辛いダラダラ長文を読んでいただいてありがとうございます!
私も調べていて、壁の磨き上げの工程には驚きました。
脚光を浴びている町って、住民の温かい支えであったり人との結びつきであったり・・・なんの苦労も無く有名になったなんてことはないんだなーって思いました。
あ、それって人間にも言えますねっ。
そうそう、うなぎも外せませんし、お芋さんも美味しいんですよね~♪
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風見鶏 さま
コメントありがとうございます。
川越って意外と都心から近いんですよねー。
初めて訪れた時に、びっくりしました。
蔵のある町並みを散策するだけでも楽しいですよっ。
しかも沢山の美味しい誘惑が待ち構えています♪
是非是非、風見鶏さんの目で店蔵を眺めてみてくださいね。
4. Posted by gon8_azabu   2007年06月09日 12:06
トラックバックの場所w ちょっと間違えた 爆笑
5. Posted by ハシビロコウ   2007年06月10日 17:40
gon8_azabu さま
コメントありがとうございます。
おっと・・・惜しいですねっ!笑。

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