★長野県・諏訪大社など

2007年09月11日

最後に諏訪ネタ

7月下旬、一泊二日の諏訪の旅・・・
がっ、一ヶ月以上もブログ記事が続いてしまいました。
旅の最後の締めくくりに、ちょっとした諏訪ネタをいくつか。


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細くながーい階段


諏訪大社上本宮のそばにある北斗神社の参道。
最大斜度45度ぐらいありそうな急な階段。
登ってみようか・・・と一瞬思いましたが、暑さと疲労のため断念。

天御中主命(天之御中主神・あめのみなかぬしのみこと)という、宇宙の根源の神かつ寿命の神をお祀りしているそうです。

再び諏訪を訪れた際には、是非お参りしたいものです。


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手前にある小さな祠


可愛らしい御柱が四方にきちんと建っています。
北斗神社参道側にぽつんとありました。



場所は変わって下諏訪方面。
下諏訪駅から諏訪大社下社秋宮に向かっていたら、小さな消防署を見つけました。


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建物の左手、写真では良く分からないのですが、細い通路があり、奥には公衆浴場「菅野温泉(すげのおんせん)」があります。
消防署と温泉。
見事なマッチングです。



お次は、店前で菩薩が迎える、ちょいと派手な金券ショップ&骨董屋。


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なんか嫌な予感


近づいてよく見ると・・・。


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ひいっ!エイリアン!!


急いで退散。
地球外生物が諏訪を侵略!
店主はすでに食われてしまったのか?

2体も誰が持ち込んだのか・・・。


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珍しい草を食むキリンにも遭遇

キリンの写真を撮らせていただきつつ、ワゴンに乗った作業中のおじさんとご挨拶。


諏訪の旅、これにておしまい。
お付き合い頂き、ありがとうございました。




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今回の諏訪の旅一覧リンク


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諏訪大社下社秋宮

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たしかに高すぎです・・・高過庵

諏訪地方の古代ロマン・神長官守矢史料館

諏訪の古代信仰☆ミシャクジ神ワールド

最後に諏訪ネタ


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2007年09月08日

諏訪の古代信仰☆ミシャクジ神ワールド

前回から随分と間が空いてしまいましたが、再び諏訪の旅。
茅野市の諏訪大社上社前宮と本宮の間に位置する神長官守矢史料館の裏手にある見所をご案内します。

神長官守矢史料館は、守矢家の敷地内にあるんです。
なので史料館以外にも、見所満載!


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神長官守矢史料館


史料館裏手の丘から撮影。

神長官守矢家(古代に「洩矢の神」と呼ばれていた諏訪大社の祭祀を司っていた一族)の背後には、赤石山脈に連なる守屋山と杖突峠等の山々を控えた扇状地に位置しており、以前は広さ5452坪を四段に構えてくね道が通り、溝水がめぐらされていたそうです。

この守矢家の屋敷の最上段の位置のこんもりとした丘に木が茂り、祠があります。
それが、御頭御社宮司総社です。


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御頭御社宮司総社


こちらには、諏訪の地で古代から伝わる大切な信仰対象であったミシャクジ神(ミシャクヂ・ミサグチ・ミシャグチとも呼ばれる)が祀られています。

ミシャクジ神とは、樹や笹や石、精霊・・・自然霊の事ではないかと私は解釈していますが、人間が空や山などの自然に対する畏れの気持ちから始まる信仰心の対象だったのではないでしょうか。
きっと、諏訪大社が造られる以前からある信仰の地だったのでしょう。

案内板には、「みさく神」として記されています。

『みさく神は、諏訪社の原始信仰として、古来専ら神長官の掌る神といわれ、中世の文献「年内神事次弟旧記」・「諏訪御符礼之古書」には「前宮二十の御左口(みさぐじ)神勧請・御左口神配申紙は神長の役なり。」とある。このみさく神は、御頭(おんとう)みさく神ともよばれ、諏訪地方みさく神祭祀の中枢として重んぜられてきている。』

(茅野市教育委員会の説明看板より抜粋)


さりげなく佇む祠ですが、ただならぬものを感じずにはいられません。


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神長官裏古墳


御頭御社宮司総社の左手奥には、さらにこんもりとした小高い丘のようなものがあります。
これは周辺にある高部古墳群の中で唯一墳丘、石室が保存されている古墳です。
この他、神袋塚・塚屋・疱瘡神塚・乞食塚(前々回の高過庵の記事で少しだけ紹介しています)がこの北側上方の台地に点在していましたが、現在は消滅しています。


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石室を覗く・・・



神長官裏古墳は、円墳で石材は安山岩の他数種の石を混用し、側壁は大小の河原石を積み、天井石は板状節理石を用いています。

昭和13年に調査が行われ、木炭・木棺破片・弥生式土器片・碁石・獣骨片・直刀折片などが検出されたそうです。
そのうち、弥生式土器・碁石・獣骨片は後に混入したものと考えられています。
7世紀頃の古墳と推定されています。

守矢家の七十八代を継承された守矢早苗さんの「守矢神長家のお話し」には、このように書かれていました。

『この塚の存在について、祖母の生前、「あの塚は、いつ頃のものですか」と問われました際、「千二百年以上前の遺物です。用明天皇の御世の我が祖先武麿君の墳墓です。」といった内容の説明をしていたことをかすかに記憶しております。』

とあります。
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祈祷殿


守矢家屋敷の大きな門に入って左手には、祈祷殿があります。
(その奥の右手に史料館があります)

こちらの祈祷殿で、七十六代の守矢実久に至るまで、真夜中に一子相伝の口伝により歴史を伝えてきたようです。

全ては口伝のみ・・・神秘的な儀式ですね。


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守矢家屋敷門


入ってすぐ左手に祈祷殿、右手奥に史料館、前方の丘には御頭御社宮司総社があります。


・・・
・・


最後に、古代に「洩矢の神」と呼ばれていた守矢家と、建御名方命(たけみなかたのみこと)(または、建御名方神(タケミナカタノカミ)とも呼ばれます)の関係と諏訪大社のはじまりについて触れてみたいと思います。


諏訪盆地には、「古事記」に書かれた出雲の国の国譲神話とは別に、もう一つの国譲神話が言い伝えられています。
そのことは、室町時代初期に編まれた「諏訪明神画詞(えことば)」などに記されています。



それによると・・・

大和朝廷による日本統一以前の話になりますが出雲系の稲作民族を率いた建御名方命(たけみなかたのみこと)が諏訪盆地に侵入した時、この地に以前から暮らしていた洩矢神(もりやのかみ)を長とする先住民族が天竜川河口に陣取って迎えうちましたが、洩矢神は負けてしまいました。

「神長守矢氏系譜」によると、この洩矢神が守矢家の祖先神と伝えられているそうです。

出雲から侵入した建御名方命諏訪大明神となり、現在の諏訪大社のはじまりとなりました。
このようにして諏訪の地は中央とつながり、稲作以降の新しい時代を生きてゆくことになりましたが、先住民である洩矢の人々は決して新しく来た出雲系の人々に虐げられたりしたわけではありませんでした。
なぜなら、諏訪大社の体制で分かるように、建御名方命の子孫である諏訪氏が大祝(おおほうり)という生神の位に就き、洩矢神の子孫の守矢氏が神長(じんちょう)という筆頭神官の位に就いたからです。

大祝は、古くは成年前の幼児が即位したといわれ、即位に当たっての神降ろしの力や、呪術によって神の声を聴いたり、神に願い事をする力は神長のみが持つとされており、こういった事から、諏訪の地の信仰と政治の実権は守矢家が持ち続けていたと考えられます。

大祝と神長による信仰と政治の一体化した諏訪祭政体は、古代から中世まで続いたのでした。


(資料:長野県茅野市発行 神長官守矢史料館のしおり)





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たしかに高すぎです・・・高過庵

諏訪地方の古代ロマン・神長官守矢史料館

諏訪の古代信仰☆ミシャクジ神ワールド

最後に諏訪ネタ


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2007年08月30日

諏訪地方の古代ロマン・神長官守矢史料館

素敵な空中茶室を眺めた後、たどり着きました

茅野市 神長官守矢史料館

高過庵が見える道路を道なりに下ると、目的地「神長官守矢史料館」に到着です。

こちらの史料館は、諏訪大社上社前宮の記事でご紹介した、諏訪地方に古くから鎮座する(というか、本来の日本人の信仰の元でしょうかね)ミシャクジ神(ミシャクヂ・ミサグチ・ミシャグチとも呼ばれる)・・・それは樹であり、石であり、自然の精霊・・・が降りてくる生神様「大祝(おおほうり)」の神の声を聴いたり、願い事をする力をもっていた神長官(じんちょうかん)という筆頭神官の史料館になります。

守矢とおっしゃる方が七十六代まで神長を勤め、一子相伝の口伝えにより、歴史を伝えてきたのだそうです。
守矢・・・あ、上社のご神体は守屋山ですね。
きっとこれにも深い関係があるのでしょうね。


細かい話は後にして、まずはその素敵な建築物をご覧頂きましょう。

高過庵と同じく、建築家は藤森照信(ふじもり てるのぶ)さんで、こちらの神長官守矢史料館は、彼の処女作になります。


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素敵ですね!
個性的ではありますが、その土地にとっても馴染んじゃってますね。
昔からそこに建っていた・・・そんな感じさえします。

鉄筋コンクリートの構造の上に、壁部分には内側外側共に特別調合の壁土が塗られています。
一部壁土の上には、サワラ手割板をかぶせています。
手作り感たっぷりですね。
パンフレットに載っている建物はまだ新しい頃のもので、その板は土壁のような黄土色ですが、月日が経った今では黒っぽい風合いになっていますね。
屋根には、地元の平石と天然スレート(粘板岩を薄い板状に加工したものですが、天然物は粘板岩が圧力で変質したもので、非常に高価らしい・・・)をのせています。
正面入り口の飛び出ている四本柱は地元産のミネゾウの樹を使っているそうです。


入館料は激安!大人100円也。
入り口で靴を脱いで、早速中に入りましょう。

「おめでとうございます~。アナタが10万人目の入場者ですよっ♪」
なんて、お話好きな係りのおじさまの明るい挨拶に迎え入れられ、涼しい館内に。
「ご興味があるのは建築ですか?それとも歴史ですか?」
と尋ねられ、思わず「りょ・・両方関心があります!」と答えてしまいました。


そんなに広くない館内には、古代において「洩矢(もりや)の神」と呼ばれ、千数百年以上におよび諏訪大社の祭祀を司っていた守矢家の、狩猟時代の時代をくむ諸資料が所狭しと展示されています。
もちろん、藤森建築の温かみのある建物の内部も見所いっぱいですよ。


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味わいある窓


質感のあるガラスがあしらわれている可愛い小窓からは、遠くの高過庵が眺められます。


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土壁の質感


外観ともに、素朴で温かみが感じられますね。
壁と階段の境目が優しい曲線です。

・・・
・・

神長官守矢家が司る諏訪大社上社の祭祀のうち、もっとも大掛かりで神秘的なのが御頭祭(おんとうさい)。
上社前宮の記事でご紹介した前宮の十間廊(じっけんろう)で行われる 『神と人との饗宴』 のお供え物の一部を、復元展示しています。
この祭は、原始時代からの狩猟・農耕さまざまな信仰が重なり合った複雑極まりない祭祀ですが、ここでは天明4年(今から二百二十年ほど前)の菅江真澄の江戸期のスケッチに描かれたものを復元しています。

少々シュールですが、ご覧下さい。


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供物の一部


御頭祭は春の祭です。
冬から春になるまで前宮に造られた御室(みむろ)と呼ばれる竪穴住居に篭り神事を行った後の春の祭りです。


前宮の記事でご紹介した、「冬に神と人が篭る」という神秘的行事ですが、手元の資料をしっかり読んでみると、さらに面白いことが書かれていました。

「ミシャクジ神は、冬になると竪穴住居の中に籠る。同時に巨大な蛇体も中に入れられこの竪穴の中で、神と人と蛇が一緒になって御頭占、筒粥占といった冬季の重要な神事が行われる。」
(長野県茅野市「神長官守矢史料館のしおり」より抜粋)


・・・なんとなんとっ!神と人と大蛇が一緒に冬籠りですか。
動物と人間が籠ると言えば南総里見八犬伝?!とか、餌になったりしないのだろうかとか、色んな妄想が頭の中を駆け巡りました。

春の3月になると、ミシャクジ神は動物達が穴から出、植物達が芽吹くのと同じ様に、竪穴から地上によみがえってきます。
そして、3月の酉の日、『神と人との饗宴』があり、その後にミシャクジ神は地方巡行に出発するんだそうです。


では、それぞれのお供え物について、簡単にご説明しましょう。


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ずらーり勢ぞろい?!


神前に献ずる鹿やイノシシやカモシカの生首。
実際には七十五頭の首がずらりと並んだそうです。
頭だけでなく体全部が献ぜられた時代もあったとか。
現在では剥製を使って神事が行われているそうです。


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耳裂鹿(みみさけしか)


左側の耳が裂けていますね。
七十五頭の首の中には必ず、神の矛(ほこ)にかかったといわれる、耳の裂けた鹿がいたそうです。
これは「高野の耳裂鹿」と言い、七不思議の一つに挙げられています。


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うさぎの串刺し!や焼皮


私の食いしん坊ブログも、遂にウサギの串刺しまでご紹介する程になりましたよ笑。

野の白ウサギを松の棒に串刺しにしています。
どうやら、死後間近なものを刺したようです。
ウサギの右の串は、何かの動物の皮を焼いた料理で、鹿か猪だろうと考えられています。
左の串は、海草の「あらめ」。
海のものだから、貴重だったんでしょうね。
左の樽の串刺し二つも、猪や鹿の皮を焼いたものと考えられています。


神人一体になって供え物を食べ、饗宴を催します。
また、謎の儀式もやはり多くあったようで、例えば「おこう」という紅の着物を着た子供を御贄柱(おにえばしら)とともに押し上げ、その後、立木に縄で縛りつけたりする儀式。
かつては「おこう」は殺されたと伝えられています。

・・・
・・

その他、守矢家に伝来する古文書、大祝の即位化粧具、武田信玄の上社への文書や、拝領の十角五重箱等も展示してあります。


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次回は、この神長官守矢史料館裏に佇む「御頭社宮司総社」、ミシャクジ神を祀っている祠などをご紹介します。
実はこちら、守矢家敷地内なんです。




■スポット情報


住所 長野県茅野市宮川389-1
    地図
時間 9:00-16:30
電話 0266-73-7567
定休 月曜・年末年始(12/29-1/3)
    国民の祝日の翌日
    (ただしこの日が月曜だとその翌日も休館)




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諏訪大社上社前宮

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2007年08月23日

たしかに高すぎです。

感動の諏訪大社上社前宮を後に、本宮方面へ田舎道を進みます。
次なる目的地は、
神長官守矢史料館(じんちょうかんもりやしりょうかん)」。

・・・が、道に迷ってしまい坂道をてくてく登ってしまいました。
ちょうど地元の方が二人いらしたので、場所を尋ねてみると、もと来た道まで一旦戻ると良いとのこと。
しかし、隣の方は「戻らなくても、もう少し坂道を登って右に曲がって道なりに下ると見えてくるよ」と。


どちらのルートにするか少し迷いましたが、せっかくなのでもう少し坂道を登る後者のルートを選択。
下り道に差し掛かった時、左手には立派な墓地が。
案内看板もあったので、きっとまた歴史がある場所なんだと思います。

ふと右手の下り側に目をやると、木々の隙間から目的地である神長官守矢史料館が遠くに見えました。
やったー、あともう少しでたどり着けそう。


ふと、その手前に目をやると・・・


・・・
・・

わーっ!!!


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人がいない田舎道で、思わず絶叫!!

小さくて可愛い家が宙に浮いています。
いや、木で支えられているではありませんか。
これはまるで、ジブリの宮崎駿さんの映画やおとぎ話に登場しそうな建物。

実は、この建物。
今回諏訪の旅で、是非行って行ってみたかった場所だったのですが、どこにあるか詳しく分からなかったので、行くのをあきらめていたスポットだったのです。


たまたま坂道を登って目的地に向かう選択をしたため、こうして見つけることができたんです。
もしかして導かれちゃった?なんて思うぐらいの感動。

道路から、建物のある畑に入る通路があったので、ちょっとおじゃまして写真を撮らせて頂きました。


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緑と空の青にとっても映えます


ツリーハウスのような小さな建物は、二本の木の柱で支えられているのみです。
地面に長いハシゴが置いてありました。
このハシゴをかけて、途中まで登るんです(確かそのはず)。


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すぐそばにあった祠


藁でできていて可愛いですね。
四方には、ちゃんと御柱も立っています。


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お花畑とともに


少し下るとお花畑。
そこから眺めるお姿も素敵。

この建物、実は高過庵(たかすぎあん)という茶室なんです。
ちょっと高すぎたかな・・・という事で、高過庵と名づけられたそうです。
建築家は、東京大学生産技術研究所教授の藤森照信(ふじもり てるのぶ)さん。
2004年に施工されました。

個人的に興味のある話なんですが、藤森さんは東北大学工学部建築学科卒業で、元オフコースの小田和正さんと同期なんですよ。

日本近代建築史研究の第一人者である藤森さんが、自ら建築作品を手がけるようになったのは、1990年の事。
以来、形式にとらわれることのない独創的な建築の数々を発表し建築界に響きを与え続けてきました。

私が藤森さんとその建築を知ったのは、今回の諏訪旅行を企てている最中の事。
諏訪の情報収集をしている時、目に飛び込んできました。
と、同時に花宵さんのブログから、東京オペラシティアートギャラリーで『藤森建築と路上観察』が催されていると知り、最終日に転がり込みました。
心をくすぐられるような楽しい藤森建築の数々・・・
写真を見ているだけでも感動して涙が出そうになりました。
ちなみに、同時開催「路上観察」も、その場で転げまわりたくなる程ツボにはまりました。


藤森建築は、施工にあたり藤森さんご自身、友人、施主からなる「縄文建築団」を結成して手造りするんです。
ギャラリーでは、この高過庵を建築しているドキュメントのビデオを観ましたが、壁のざらざら感や屋根の質感等はまさに手作りだからこそだせる味わい。
屋根の銅版は、縄文建築団が「いやあ~疲れますなぁ・・」なんてぼやきながら、どう見てもメチャメチャ楽しそうに自分達で折り曲げて打ち付けていってました。
私の目には、大の大人が幸せそうに遊んでいるように映ったんです。

一度本物を見てみたい。
その夢が思いもかけず叶いました



・・・
・・


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乞食塚古墳・甑塚跡


道に迷っている時に見つけました。
古墳と分かってしまうと、通り過ぎるわけには参りません笑。

別名「コシキ塚古墳」とも呼び、昭和7年に道路拡張工事によって破壊された横穴式石室円墳です。
765年(天平神護元年)に、日本で鋳造発行された銭貨である神功開宝が出土したそうです。
このほか、直刀・子持勾玉・ルリ小玉・ヒスイ丸玉や高杯・轡(くつわ)などの馬具、人骨など多数出土したそうです。


この古墳の主は、相当の権力者だったんでしょうね。
乞食がよく宿にしたのが名前の由来だといわれています。
現在は、長方形の石一基のみが残っています。


次回、本来の次なる目的地である「神長官守矢史料館」をご紹介します。
前宮の回で登場したミシャクジ神や、神長官の諏訪の古い歴史を語る史料館です。
そして、神長官守矢史料館は藤森さんの処女作なのです。





■高過庵情報


場所 長野県茅野市宮川
   藤森さんの生家近くのプライベートな茶室です

アクセス 神長官守矢史料館の横の上り坂を登っていくと、
      道路から確認できます



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諏訪大社上社前宮

たしかに高すぎです・・・高過庵

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2007年08月20日

諏訪大社 -上社前宮-

諏訪大社 -上社前宮-

諏訪大社四社巡り、一番最後を飾るのは上社前宮です。
場所は、本宮の東に約2キロなので、本宮からゆっくり歩いて30分ほど。
JR茅野駅から約4キロ、車で5分程度の、山の裾野に鎮座しています。
私が最も感動した場所です。
それが伝えられたら嬉しいな・・・と思います。

前宮は、四社の中では最も素朴でシンプル、場所も少し離れているからか観光客もほとんど目にしません。

境内の大半を占めるゆるい山の斜面の広場を神原(ごうばら)といい、諏訪の神様が最初に前宮に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地と伝えられています。
なので、上社にとっては最も由緒深いところとされています。


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神殿跡と鳥居


昔、この一帯は上社の祭祀の中心地で、大祝(おおほうり)(☆)の住まいである神殿(ごうどの)と、それに付属する数多くの建物が軒を連ねていたそうです。
しかし、室町時代の中頃に大祝が住まいを他に移したため、多くの神殿は消滅し、現在では祭典に必要な建物だけになりました。

今ではこんなに静かだけど、当時は厳かで神聖な雰囲気だったんでしょうね。

(☆)大祝(おおほうり): 
生神、現人神(あらひとがみ)のこと。
タケミナカタノカミ(武御名方神)の子孫である諏訪氏が、大祝という生神の位に就いていました。
大祝は、諏訪大神が自分の体として選んだ成年前の幼児が即位し、最高統率者でした。
神殿に居住して郡外には出ず、人馬の血肉に触れず・・・等、清浄を重視していたそうです。
また、大祝の分身である童児は、信州の三つの地域からそれぞれ一年毎に選ばれて、一定期間の籠りをした後に前宮での神事にしていました。


諏訪大社の祭政体は、ミシャクジ(ミシャクヂ・ミサグチ・ミシャグチ)神という木や石など自然の精霊なのですが、そのミシャクジ神の祭祀権を持っていたのは神長官という職の人。
大祝の即位にあたっての神降ろしの力や、呪術によって神の声を聴いたり神に願い事をする力は神長のみが持つとされ、信仰と政治の実権を持っていました。
よって、諏訪の地には、古代から中世にかけて、大祝と神長による信仰と政治の一体化した諏訪祭政体が続いていたようです。

現人神の大祝に自然の精霊ミシャクジ神に神長・・・古代、この地でどんな事が行われていたか想像するだけでもゾクゾクしちゃいますね!!
神長とミシャクジ神、武御名方神との関係や、古代の祭祀については、後日またご紹介しますので、お楽しみに?!(待ってる人、います??)



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十間廊(じっけんろう)


鳥居の左側にたたずむこちらは、間口3間、奥行き10間もの大きな建物。
間(けん)は、尺貫法における長さの単位で、1間は約1.8182メートルです。
その奥行きから十間廊と呼ばれていますが、昔は神原廊とも呼ばれていました。

上社最大の神事である御頭祭(おんとうさい)(後日ご紹介します)は、この上段に神輿を安置して三月の酉の日に執行しました。
明治以後、御頭祭は4月15日に行われ、本宮で例大祭を済ませた後、行列を整えて神輿を渡御して、この建物の上段の間に安置して神事を行なうそうです。


・・・
・・

前宮の御本殿である社殿は、こちらにはなく、ここからからさらに200mほど登った高台に位置しています。
早速向かいましょう。

途中、右手に大きくて立派なケヤキが目に入りました。
ケヤキの根元には小さな石の祠があり、この場所は「御室社」であったという説明の看板が立っています。

説明によると・・・

「中世までは諏訪郡内の諸郷の奉仕によって半地下式の土室が造られ、現人神の大祝や神長官以下の神官が参篭し、蛇形の御体と称する大小のミシャクジ神とともに、「穴巣始」といって、冬ごもりをした遺跡地である。
旧暦十二月二二日に「御室入り」をして、翌年三月中旬寅日に御室が撤去されるまで、土室の中で神秘的な祭祀が続行されたという。
諏訪信仰の中では特殊神事として重要視されていたが、中世以降は惜しくも廃絶した。」


ええっ!12月から3月まで半地下で神様や神官が冬ごもり?!
密室の中で繰り広げられる神秘な祭祀・・・。
非常に面白い。



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前宮の本殿


御室社から更にのどかな田舎道をすすむと、大木につつまれた上社前宮の社殿が現れます。
自然と一体化した、素朴で神々しく美しい本殿。
現在の建物は、昭和7年(1932)に伊勢神宮の古材を使って建てられました。
こちらに、大祝が住んでいたんですね。

じりじりと日差しが容赦なく照りつける暑い日でしたが、大木に囲まれたここだけは涼しかったんです。
他ではミンミンゼミが鳴いているのに、この辺りだけカナカナが鳴いていました。


さらに暑さを和らげてるれるのが・・・


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自然と一体化している手水屋


本殿の横には、水眼(すいが)と呼ばれる小川が、里に向かってサラサラと流れています。
この川の清水は上社の御神水として大切にされてきたもので、前宮に参拝する際には、水眼で口をすすぎ清めてお参りします。

奥に見えるのが4つの御柱のひとつ。
ほかでは三と四の御柱は本殿の奥にあり、お目にかかれないのですが、前宮では4つ全ての御柱を拝見することができます。



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清流のせせらぎが聞えますか?


キリリと冷たい御神水は、疲れた体を癒し、心も和みました。
参拝する地元の方や、ほんの少しの観光客しか来ない静かな時間も流れています。


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燦然と輝く光を浴びてそびえ立つ御柱



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本殿奥の大木たち


しばらく見惚れてしまいました。


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参拝を済ませた後、一時間ほどのんびりと前宮の木の下で涼みました。
自然のパワーをたっぷりともらえた気がします。


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下界と違って、前宮本殿の周辺だけは異空間だと思ってしまうような場所。
たとえ不思議なことが起こったとしても、なにも違和感を感じないでしょう。

実際、ほんの少し不思議な体験をしてビックリしましたが、前宮だからこそ起こりえるのかな?と、なんだか納得してしまいました。


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前宮本殿前からの眺め


高台なので、景色が良いです。
ここにいるだけで、とてもすがすがしくて気持ちいい。
昔は、この原っぱ全てが前宮の敷地だったんでしょうね。
現人神である大祝は、この光景を眺めて何を想っていたのでしょうか。
古代の佇まいに想像を膨らませつつ、前宮の話はおしまい。


次回は、前宮から本宮に向かう途中にある、今回の旅のもう一つの目的地をご紹介します。




■諏訪大社上社前宮


所在地 長野県茅野市宮川2030
     地図




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at 15:05|PermalinkComments(5)TrackBack(0)