★長野県・諏訪大社など

2007年08月19日

諏訪大社 -上社本宮-

諏訪大社 -上社本宮-

下社春宮と秋宮のある下諏訪から上諏訪駅に移動です。
JR上諏訪駅から上社本宮までは路線バス「かりんちゃんバス」がでているようですが、本数が少ないので、時間に余裕がない方はタクシーでの移動がおすすめです。
上社の二社(本宮と前宮)は、下諏訪駅よりは茅野駅の方が近いので、そちらからタクシーでも良いですね。

では早速、上社本宮をご紹介


上社本宮は、JR上諏訪駅から東南へ6キロ、神体山である守屋山の山麗で中部地方唯一と言われる原生林に抱かれるように鎮座しています。
また、諏訪大社四社の中で、もっとも多く建造物が残っています。

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東参道の銅鳥居


神社の中から東参道を臨んで撮影しました。

鳥居の前には、御手洗川という小さな川が流れ、神橋が架かっています。

本宮の参道は、東参道、西参道、北参道の3つ。
メインの入り口は北参道で、そちら側にはツアーや団体客でとても賑わっていました。
実は先に、本宮から東方面にある前宮に訪れ、歩いて本宮にたどり着いたので東参道から入った訳です。



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長い廊下


東参道側からまっすぐに伸びる廊下は、布橋と呼ばれています。
長さは38間(約70m)で、明治維新までは上社の大祝(おおほうり)のみが通る事のできる廊下でした。
大祝とは、次回の前宮の回で説明しようと思いますが、上社の祭神の後裔で諏訪大神の神格を持つ現人神のことです。
現人神は、いわゆるシャーマンのこと。ワクワクしちゃいますね~!
この廊下には布を敷いたので、布橋のという名がつきました。

布橋を歩いていると、左側にふたつの御宝殿を間近で拝見することができます。
御宝殿の中には御輿が納められていて、一般の神社の本殿に相当する建物で、本宮で一番大切な建物になります。
下社では、幣拝殿の奥にあってなかなか全体を拝見することができませんでしたので、なかなか貴重です。
こちらの御宝殿も、御柱祭のたびに交互に建て替えられます。


この宝殿の屋根からは、どんな干天のときでも最低三滴の水滴が落ちると言われており、「宝殿の天滴」として諏訪大社七不思議の一つに数えられています。
そのことから、諏訪の神さまが水の神として崇敬されるようになったといわれます。
過去にご紹介した「御作田神社の早稲」も七不思議の一つ。


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四脚門


二つの御宝殿(左側の東御宝殿、右側の西御宝)の間には、本宮最古の建物である、四脚門があります。
四脚門は慶長13年(1608)に徳川家康が家臣の大久保長安に命じて造営寄進したもので、別名を勅使門といいます。
とても細かな彫刻が特徴で、頭貫木鼻などの細部様式が桃山時代の特徴を示しているそうです。

背後には、神体山である守屋山がどっしりと構えています。


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参拝所


この拝所は、一般参拝客が入っていくことができる最後の社殿になっています。
参拝所の奥に幣拝殿があります。
御宝殿は守屋山を臨んでいるのに対し、参拝所と幣拝殿は上社前宮のある東方向に向いているのです。

神体山である守屋山を向かずに、前宮の方角を向く・・・。
その訳は、どうやら諏訪大社の信仰と諏訪地方の古代からの信仰で、拝むものが少し異なることから来ているようです。
前宮のある方向に布橋が架かっていることから考えて、大祝(現人神)が住んでいた前宮の信仰に関わるのでしょうね。


有史以前の、その土地の信仰って歴史は深いし複雑に絡み合ってるし、知れば知るほどほんっとに面白いです。
宇宙人がやってきて、そこに神社を建てた!!
なぁんて言われても、思わず納得しちゃいそうなほど、ロマン満載です。
でも、あまりに深すぎて、私には表面部分しか知れませんし語れません。
間違って解釈しているところも多々あると思いますので、皆様、かるーく流してください・・・。


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勅願殿


他の建物とは一段高い場所に勅願殿があります。
元禄三年(1960)に諏訪高島藩によって建てられたもの。
昔、朝廷や諸侯の祈願を行ったところだと伝えられています。

勅願殿の奥は、守屋山がそびえています。

本宮の昔の建物には、極彩色が施されていたそうです。
現存するもの以外にも、沢山の建物が並んでいたとか。
しかし、天正十年(一五八二)に織田信長の兵火のため、山中に逃れた神輿の他はすべて焼失してしまいました。


その後まず仮殿が作られ順次再建され社殿は元和三年(一六一七)に完成しました。
さらに約200年を経て諏訪藩主によって社殿の改築が計画され、立川和四郎二代目富昌が地元の宮大工と共に、天保二年から九年(一八三八)まで八年の歳月を要して現在の社殿を落成させました。



次回は、諏訪大社のラスト!
とっても素敵な上社前宮をご紹介します。




■諏訪大社上社本宮情報


所在地 長野県諏訪市中洲宮山1番地
    
アクセス JR中央線上諏訪駅から東南へ約6km
     「かりんちゃんバス」利用で40分
     (便が少ないので時刻表を確認してください) 
     タクシーですと、茅野駅からの方が近いです。



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最後に諏訪ネタ

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2007年08月17日

諏訪大社 -下社秋宮-

諏訪大社 -下社秋宮-

春宮から戻って、今回宿泊した旅館「聴泉閣かめや」そばの諏訪大社下社秋宮に参りましょう。
秋宮は、下諏訪駅の東北約1キロ、春宮からも東へほぼ1キロの地点、旧中山道と甲州街道の分岐点の要所に鎮座しています。

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秋宮の鳥居


温泉街で宿場町、昔はとても栄えていたこの場所にある秋宮には、鬱蒼と緑が茂っていて、神社らしい雰囲気が漂います。

鳥居の手前左手には、千尋池と呼ばれる池があります。
この池には、神社の御手洗川の清流が流れこんでいます。


しばらく進むと、立派な神楽殿が見えてきました。


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秋宮の神楽殿


太くて立派なしめ縄がとても印象的です。

こちらの神楽殿は、三方切妻造り。
切妻造(きりづまづくり)とは、屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根を用いた建築様式のことです。


諏訪の工匠で二代目・立川和四郎富昌が天保6年(1835)に建立しました。
諏訪湖の反対側に鎮座する上社本宮も同じく彼の作。


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大きな狛犬


神楽殿の両脇には、とても大きな狛犬がいます。
青銅製では日本一と言われる狛犬で、身長は1m70もあります。
「忠」と「孝」の文字が彫られた立派な台座に座っているので、下から見上げてしまうほど大きいのです。



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圧巻!大きなしめ縄


しめ縄の太さは、出雲大社と同じなんだそうです。

さらに進み、幣拝殿へと向かいましょう。


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秋宮の幣拝殿


幣拝殿とは、祭祀・拝礼を行なうための拝殿と、祭儀を行い、幣帛(神様への捧物)を奉る幣殿が一体となった場所。

二重楼門造りの拝殿と門を兼ねた形式の幣拝殿には、左右に回廊形式の片拝殿と呼ばれる建物が並んでいて、春宮の社殿構造と同じなのが分かります

これらの建物は、江戸時代中期の諏訪出身の工匠初代・立川和四郎富棟が安永10年(1781)の春に落成させたとされています。
春宮を請け負った柴宮長左衛門矩重と技術を競い合ったのですね。


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細かで美しく、躍動感のある生き生きとした彫刻がお見事です。
各所に付けられた建築彫刻はどれも素晴らしく、参拝の後にしばらく見入ってしまいました。

同じアングルで、春宮も撮影していますので表情の違いなど、見比べてみてください。
どちらも素敵ですよ。



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幣拝殿の奥にうっすら拝見できるのが、御宝殿。

幣拝殿の奥には、神社の最古の形式のひとつである神明造りの御宝殿が二つ並んでいます。
御宝殿は茅葺き・切り妻・平入りの簡素で古風な形式を持ち、申・寅の7年ごとに左右を順番に新築するんだそうです。
新しい方を神殿、古い方を権殿と呼び、寅年と申年ごとに左右の御座祭を行っています。

室町時代の記録では、新築後6年間雨風に晒し清めて御遷座をなし、直ちに旧殿を解体新築という形式だったようですが、いつしかこれが逆になり、祭典の直前に旧殿を立て直して新殿に御遷座するようになりました。

御宝殿の奥は、御神座とも言われ、御神木をお祀りする下社のもっとも重要な場所なのだそうです。
上社の神体山に対して、下社では、御神木を御神体としてお祀りしており、古代祀祭の形式を今に残しているんです。


下社の神事のひとつ、御船祭(おふねまつり)は、毎年8月1日に行われます。
2月1日に春宮にお遷しした御霊代(みたましろ)を、神幸行列を以って再び秋宮に遷す遷座祭に引続き、下社例大祭が行なわれます。
この遷座の行列に次いで、青柴で作った大きな御舟に翁と媼の人形を乗せた柴舟を、当番地区の氏子数百人によって春宮から秋宮へ曳行されます。


おもしろいですね。
下社の主祭神である女神の八坂刀売命は、鎮座場所を季節によって変えるのです。
2月から7月まで春宮に鎮座し、8月1日の御舟祭で 秋宮に遷座し、翌年の2月1日に春宮にまた帰座されるのです。


やっと諏訪の旅一日目が終了です。
次回は下諏訪から上諏訪方面に移って、上社本宮と前宮などを訪れます。





■下社秋宮情報


所在地 長野県諏訪郡下諏訪町上久保5828
     地図
交通 JR下諏訪駅徒歩15分ほど
途中、美味しい信州お蕎麦屋さん、「山猫亭」があります。




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2007年08月15日

下諏訪の人気者に会いに行こう!

諏訪大社下社春宮の旧参道脇に、彼はいた。



この橋を渡って、会いに行こう。



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浮島から旧参道をつなぐ赤い橋


もうすぐ、彼に会える!


橋を渡り、突き当りを右に曲がって砥川沿いに歩いてしばらくすると、左手に畑が見えてきました。
・・・ん??


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真ん中あたりに、何かがある?


近づいてみましょう。




・・・
・・






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モアイ?!




!!



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お顔が小さい!




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がっちり体型!?




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哀愁漂う後姿





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彼の名は、万治(まんじ)の石仏


とってもコミカルでキュートな彼に会えました!


自然石の上に仏頭が乗っている珍しい形態で、高さは3m弱、奥行きは4m。
側面には、万治3年(1660年)11月1日と彫られていることから、「万治の石仏」と呼ばれるようになりました。

伝説によると、春宮に石の大鳥居を造る時、この石を材料にしようとノミを入れたところ傷口から血が流れ出したので、石工達は恐れをなし仕事をやめたそうです。
その夜、石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い石材があると告げられ、良い石材を見つけることができ、無事に鳥居が完成したのだそう。
石工達は、この石に阿弥陀仏如来をまつって記念としました。


ノミの後は今でも残っているそうですが、石仏の周りをぐるぐる回って探しても見つかりませんでした。残念。

万治の大仏にちなんで、古くからこの地籍は「下諏訪町字石仏」となっています。


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岡本太郎書の石碑


画家の岡本太郎が1974年の諏訪大社御柱祭に訪れた時に、「こんなにおもしろいものは見たことがない」と絶賛したことから万治の石仏の存在が知れ渡り、観光客が訪れるようになりました。
有名になるまで万治の石仏は田んぼの中にただあるだけで、地元の方からも忘れられていた存在だったそうです。



彼の優しい表情は忘れられません。
またいつか会いにいくからね!



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2007年08月11日

諏訪大社 -下社春宮-

諏訪大社 -下社春宮-

ようやく諏訪大社に到着しましたね・・・。
まずは下諏訪町の下社春宮からご紹介です。


春宮は下社が最初に置かれた場所。
下諏訪駅から北西へ約1キロ、秋宮から西へ1キロの位置にあり、旧中山道沿に鎮座しています。
社殿の前からまっすぐ800メートル程伸びる道路は、かつては春宮の専用道路で多くの武士たちが流鏑馬(やぶさめ)を競った馬場でした。
現在では大門通りと呼ばれています。


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拝殿と門を兼ねた形式の幣拝殿


幣拝殿(へいはいでん)は、御幣を奉ずる幣殿と拝殿が一体となったもので、国の重要文化財となっています。
建築様式は二重楼門造りで全体に見事な彫刻が施されています。

宮の社殿を請け負ったのは、諏訪高島藩の大隅流宮大工の柴宮長左衛門矩重(1747-1800)です。
秋宮と同じ絵図面で、秋宮より後から着工し、なんと秋宮よりも一年早い安永9年(1780年)に落成しました。
ちなみに秋宮の社殿は、諏訪出身の工匠初代・立川和四郎富棟が安永10年(1781年)の春に落成させました。


春秋両宮は社殿構造は同じで、当時は双方で技術が競われたそうです。


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見惚れてしまう美しさ


幣拝殿は、波・牡丹・唐獅子・竜・竹など様々な彫刻が彫られています。
今にも動き出しそうな美しい彫刻に、しばし見入ってしまいました。


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回廊形式の片拝殿


幣拝殿の左右にある回廊形式の片拝殿(かたはいでん)です。
間口二間・奥行一間の広さで、祭時には神官などの座になっています。


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ちなみに、春宮に向かう途中道に迷ってしまい、立派な鳥居からではなく、この急な坂道から下って春宮に到着してしまいました・・・。
参拝客の皆様、変なとこから降りてきて失礼いたしました。


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春宮一之御柱


春宮に建てられた4本の御柱のうちの一本です。
間近で見上げると、すごい迫力です。


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神楽殿


神楽殿と拝殿、左右の片拝殿と続く建物の配置は秋宮と同じです。
神楽殿は修改築が幾度となくなされていて、最近では昭和初期に大改修が行われたそうです。
大きなしめ縄も立派ですね。


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大きなケヤキの木


大木が沢山あり、それだけでも神聖な雰囲気。
自然と背筋を伸ばしてしまいます。
春宮のご神木は、御宝殿の杉の木です。

・・・
・・

春宮の西となりに流れる砥川を渡ってみました。


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浮島


川の間にある島に到着です。
砥川は昔から暴れ川と言われていたそうですが、浮島はどんな大水にも流れる事はなく、下社七不思議の一つとして数えられています。
川のせせらぎと美しい緑。
川原に下りる事もできます。


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浮島社


春宮の末社、浮島社です。
小さな祠があり、四方に御柱も立っています。

清め祓いの神を祀り、六月三十日の大祓式、夏越の祓いはこの浮島社で行ないます。
鎌倉武士が御射山の祭典に参列する時まずこの川で身を清め八島高原へ登山したと伝えられます。



次回、浮島の先にある素敵な○○をご紹介します。







■下社春宮情報

所在地 長野県諏訪郡下諏訪町大門193番地
     地図
交通  JR中央線下諏訪駅から北西へ徒歩約20分

  



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2007年08月10日

信州に鎮座する、諏訪大社とは・・・

いよいよ、諏訪大社下社春宮に到着!
と、その前に、まずは 諏訪大社 について触れてみたいと思います。


諏訪大社は、全国で1万余の末社を数える諏訪神社の総本社で、お諏訪さま・諏訪大明神と親しまれ、幅広く信仰されてきました。
古くからある信仰には、雨や風、水を司る竜神信仰や、水か風に直接関係のある農業の守護神としての信仰があります。
また、水の信仰が海の守り神となり、古くからある港の近くには必ずといっても良いほど、諏訪神社があるようです。

諏訪大社の歴史はあまりにも古く、最も古い神社の一つに数えられています。


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諏訪大社の位置関係(:所在地)


諏訪大社は、一つの社ではなく、

:諏訪大社下社春宮
:諏訪大社下社秋宮
:諏訪大社上社本宮
:諏訪大社上社前宮


以上の四つの神社を総称して諏訪大社といっています。

下と上は南北の鎮座位置を指し、諏訪湖を挟んで・・・
下諏訪駅方面A・B下社(しもしゃ)。
上諏訪駅・茅野駅方面C・D上社(かみしゃ)と言います。

上社(C・D)は諏訪湖からかなり離れた場所に位置します。
Bの秋宮が浮き島のように諏訪湖畔にあったそうなので、きっと諏訪湖は昔、上社近くまで水位があったのではないかと私は勝手に想像しています。


諏訪大社の祭神は、
タケミナカタノカミ(建御名方神):オオクニヌシノミコトの次男、
ヤサカトメノカミ(八坂刀売神):タケミナカタノカミの妃神
を祀っています。
下社では、さらにタケミナカタノカミの兄のヤエコトシロヌシノカミ(八重事代主神)が祀られ、一般には古くから、上社に男神、下社に女神の信仰が広く伝わっています。

タケミナカタノカミは、日本最古の歴史書である『古事記』の国譲り神話にも登場する神。
高天原から国譲りを迫る使者として遣わされたタケミカズチノミコト(建御雷命)と出雲の稲佐の浜で力比べをし、負けて信濃の諏訪の地まで逃れてきました。
「この地を離れない」ということを条件に命乞いし、諏訪に住み着いたとされています。
その後、ヤサカトメノカミと結婚し、諏訪の地に農耕技術を広めたとされています。




諏訪大社の数多くある神事の中でも特に有名なものとして、「式年造営御柱大祭(しきねんぞうえいみはしらたいさい)」があります。
一般的には「御柱祭」と呼ばれており、雄壮な木落としのシーンがとても有名ですね。


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下諏訪駅ホームにて


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御柱を引く時の綱飾りの一部



御柱祭は、7年に1度寅・申相当の年に行われ、社殿(現在は宝殿のみ)の建替とその四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ大木をを曳建る行事に大別されます。

起源は遠く古代に遡ります。
平安時代初期の桓武天皇の代からは信濃国の総力をあげて奉仕され、費用の調達のために元服の式や婚礼、家屋の新築や増改築が禁じられたこともったそうです。
現在では、諏訪郡内約20万人の氏子の奉仕によって盛大に行なわれています。


御柱は樅(もみ)の大木を使用し、御柱際の3年前から選定を始めます。
上社は約25キロ隔たった八ヶ岳の中腹から、下社では八島高原の近くから約10キロの里程を曳ぎだします。
大きな柱は、周囲3m、長さ16m余、重さは12~13トンにもおよび、独特の木遣り歌と共に千人から3千人の人々によって曳行されます。
車もコロも使わず、人の力だけで行われ、急坂や川も渡る勇壮な天下の大祭です。

なぜ、4つの神社に、それぞれ4本の御柱を建てるのでしょうか?
実はその由来は、はっきりしていません。
地元の方や氏子の方に話を伺っただけでも、二つの説がありました。
四方に柱を立てて、竜神を呼ぶためであるとか、結界をつくるためであるとか・・・。
真相は謎、ロマンですね。


先に述べましたが、上社には男神信仰があり、上社のそれぞれの神社の氏子達は、自分が担当する御柱の立派さをとても意識するのだそうです。
上社では、それぞれの地区がどの御柱を担当するかはクジ引きで決めるのだそうですが、大きくて立派な御柱が当たるようにするために、わい・・ろをゴホッゴホッ・・・。
献金額が一番高額だったグループには、小さく印の付いたクジを最初に引かせ、一番立派な御柱を当てさせるのだそうです。
くじ引き担当の人は責任重大で、一昔前まで、一番小さい御柱を引いてしまうと、次の御柱祭まで避難轟々だったとか・・。
逆に大きな柱を引けば、次の御柱祭までそれはもう殿様気分ですよ。



次回の御柱祭は、平成22年の寅年です。
一度は見てみたいですね。


長くなってしまったので、諏訪大社下社春宮については次回。

(参考資料:諏訪大社発行:諏訪大社由緒略誌等)




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